Posted by 山本みずき

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ブログ移転のお知らせ

ブログを移転しました。

山本みずき公式ブログ
今月の記事はすべて新しいアメブロで書いていますので、今後はこちらをご覧くださいますようよろしくお願い申し上げます。

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滋賀にて講演

昨日は滋賀で講演いたしました。滋賀県倉庫協会さんが主催で、演題は「グローバル化と日本の対応力」。90分の講演でした。経営者の方々が多かったこともあり、演題に沿わせて「指導者に必要な資質」についてもお話しました。これは初めて人前で話す内容であり、同時にここ最近の私の興味分野でもあったので余計に熱が入りました。


講演後の懇親会でも様々な方のご意見を伺うことができ楽しい一時を過ごさせていただきました。お招きをいただいて感謝しております。先週も三重にいたのですが、関西のなかでも少し静かな地域には、大阪や京都などとはひと味違った魅力を感じます。

また、来週は北海道青年会議所主催のフォーラムで講師をつとめさせていただきます。領土問題と憲法問題を授業形式で講義するのですが、タレントの眞鍋かをりさんと俳優の伊勢大貴さんがMCを務められ、私は先生役を仰せつかりました。役を演じるのは小学校の学芸会ぶりなので頑張ります。

<詳細>
日時:2015年5月24日(日)10:00~12:00
会場:札幌コンベンションセンター 大ホールAB

最近は都内での講演が多かったこともあり他の地域を訪れる機会をいただけるのは嬉しいです。北海道は私の思い出がたくさん詰まった場所でもあるので、多くの方々との再会も心待ちにしています!ご興味のある方は是非ともご参加くださいね。



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母の筆跡をみた、『教育に関する考察』

『教育に関する考察』、これはカントが記した英国紳士を育てるための教育書である。「教育に関する本」と言えば、読者の皆さまはどんな内容を想像なさるだろうか。日本における教育の議論は、能力や思想の問題に注目されることが多い。例えば、米国の学生を持ちだしてディスカッション能力が欠如しているとか、もしくは、いまの歴史教育は受験のために終始している上に、戦後の歪められた歴史が正しいとされているから、その教科書を用いるとまともな思想をもった人間が育たない、といった内容を、目にし議論を交わしたご経験のある方は少なくないと思う。しかし、教育で重視されるべきは能力でも思想でもない。恐らくもっとも重要なことは、いかに「徳」を身に付けるかである。他者を騙さず、はたまた他者から騙されないための鑑識眼を持ち、さらに良識に基いて行動することは善い人間であり、これらの根底となるのが「徳」となる。個人主義に陥ることなく、いかに他者や共同体のために自己を犠牲にできるか。私自身が受けた学校教育を思い返しても、そうした尊い精神を学ぶことが尊重されたことはなく、だからと言って蔑ろにされたわけでもなく、正しくは、忘れ去られていたような気がする。

最近、『自由と規律ーイギリスの学校生活』(岩波新書)という本を読んだ。パブリック・スクールと呼ばれる、13歳~18歳の子供を教育するイギリスの私立学校の中でも、トップ10%を構成するエリート校の伝統的な教育について、美しい情景を交えながら巧緻な筆致で書かれた作品だった。教育に美しさを見出し、感動して涙したのはこれが初めてだった。理不尽なルールや叱責、恐怖による服従関係のない、愛のある師弟関係がそこにはある。自由の精神が厳格な規律のなかで育まれていく教育システムを、私はこの一冊を通して知った。勉強のできる生徒が偉いわけではなく、人格的に優れた生徒を教師が見極め、褒め、本質的な「善さ」を認識できる教育が完成されているのであった。そして一つの疑問が浮かび上がるーこの教育スタイルは一体誰が生み出したのかー。

そんなことを思ったときに、実家の本棚から『教育に関する考察』を見つけた。岩波文庫なので表紙にうまい文言が書いてある。「合理的・現実的にして個人主義的な教育を論じ、近代の教育思想を確立したといわれるロックの名著。健康管理やしつけから海外旅行のことまで子供の日常の問題をやさしく説いた彼の教育論は、『エミール』に受けつがれ、今でもパブリック・スクールの鍛錬主義やオックスフォードなどでの個人指導制という形で生き続けている。」、と。

まさしく良書であった。健康に関することから、作法、徳、嘘、勉強、海外旅行に至るまで幅広く、いかに教育することが正しいのか、経験に裏打ちされたロックの教育論が展開されている。これはこれから子を育てようとする親に向けて書かれている印象を受けるが(厳密に言えば、ロックがオランダ亡命中にエドワード・クラークに宛てた手紙が基礎となっているのだが)、二十歳の私が読むと、自分の不出来を痛感し、いずれ親となったときに子の教育指針とするのではなく、いま、自分自身を律するために役立つ。とは言え、慣れてしまった怠惰な日常を矯正するのは難しい。何事も習慣なのかと思うと、気が遠くなる。詳しくは本著を一読されることをお勧めするが、親であれ教師であれ、教育者たる方々には必須の一冊と言えよう。

本を読み進めると、ところどころに母の筆跡があった。おそらく教育者としての人生を半ば終えた頃に読んだのだろうか。私に欠如しているところ、もしくは教育者として母がハッとされたであろうところに線が引かれていた。
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車でぶらぶら、北陸旅行

ゴールデンウィークはいつもどおりカフェに行ったり、自宅で映画をみたりとのんびり過ごそうと思っていたところ、友人から「メリハリくらいつけなよ、」と言われ、何故か彼の言葉に押されまして。車を運転して北陸地方を旅行してきました。

三重県で友人から車を借りて、そこから北陸地方に上っていこうと考えましたが、思い立ったゴールデンウィーク前夜はすでにどの交通機関もほぼ満席。と思いきや、昼行バスに一席空きがあったので、はじめてバスを使いました。これまで、移動のときはいつも新幹線が飛行機をつかってきましたが、その半分以下のコストで移動可能なバスはコスパが良すぎて驚きました。時間がかかるとは言え、音楽を聴きながら移り変わる景色を眺め、飽きた頃に読書を楽しむのも悪くありません。

さて、旅行一日目。三重県をあとにして、まずは福井県に向かいました。「東尋坊」、有名なので知っている方も多いと思いますが、崖です。高さ25メートルほどの岩壁が続いていて、自然の力の大きさを感じます。海色もやや鮮やかでいい景色でした。2月にサンフランシスコで同じような崖をみつけて歩いたことを思い出しました。観光シーズンですから仕方がありませんが、せっかくなら静かな時期にまた来たいです。



続いて、こちらの名産でもある越前そばをいただきました。そこまで期待していませんでしたが、これは本当に美味しい!大根おろし入りのおつゆと蕎麦の相性がよく、美味です。



それから富山や金沢のほうにも行きました。庭園や、海鮮市場など、カメラを持ってきていたのでより楽しめました。






朝も昼も夜も、美味しいお食事をいただいてばかりで、どれも甲乙つけがたいほど美味なのですが、なかでもやみつきになるものがありました。三重県桑名市にある、「ちゃーみーすーぷ」という台湾ラーメンの店です。人の出入りが多く、地元の人から愛されている印象を受ける、古い店です。大将ももうご高齢で、聞くところによると、大将は昔から陽気で、面白い方だったようですが、最近は薬のせいもあって少し怒りっぽく、気難くなったんだとか。たしかによく文句を言っていました。でも、こういう方は嫌いじゃありません。美味しいラーメンをつくろうと必死なのが伝わってきますし、それに病気や老いを含めて色んな経験をされた方なのですから、そう気難しくなるのも、むしろごくまともな感情を持っている証拠。怒りっぽい方に話かけるのには勇気がいりますが、それでもお客も嫌な顔一つせずに楽しそうに大将に話しかけているのですから、よく人間をわかっている方々が集っているような、そんな店。好印象です。三重県JR桑名駅から徒歩一分、ここで台湾ラーメンの味と大将の人柄を味あわなくては絶対に損です!



いまは三重県から名古屋を経由して、またバスで東京に戻っています。来週も滋賀で講演があるのでまたこちらのほうに戻ってきますが、今回は完全な遊びの旅行だったので、たしかにメリハリ。よく遊びました!

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本のなかから、久しぶり。

欧州や南米で同朋に出会うのは、米国や韓国で出会うのとはわけが違う。旅の郷愁もあってか、なんとも安心した、寛いだ気持ちになれるのである。
昨夏ベルリン旅行の際、偶然レストランで隣り合わせになって、お互いに日本人ということで意気投合した紳士がいた。彼はドイツ再統一のことからドイツ文学のことまで様々な話をしてくれ、勿論ドイツ語も堪能で美味しい料理まで注文していただき、その日は何とも思い出深い夜となったのである。彼は別れ際になって、自身がドイツ文学者であることを教えてくれたのだった…
それから半年以上が経った今日。私は久しぶりにゆっくりと読書に没頭する時間を得た。

「晩年の奇蹟ーゲーテの老年期ー」
これはゲーテの青年期と老年期を対比させて、彼にとって老年とはどういうものであったか、またゲーテがどのように歳を重ねたのかについて、巧みな弁舌をふるった柴田翔氏の講義録です。最後まで読み進めると後書きがあるんですけど、いいんですねこれがまた。書き手の暖かい人となりが表れているようで、そこで「おや、この語り口は…」と思い、最後の頁まで一気に飛ばしてみると、あの晩、目を輝かせてドイツの話をしてくださった池田紘一先生の名がありました。私にはそれが、池田先生が「や、僕です。驚いた?」と笑いかけてるように思えました。こんなところで再会できるだなんて、素敵なことです。
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